bellerose fleuristes

実は 熱い花屋の物語

Princess Heart ハートのブーケ

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昨日は ブラックジャックな 花束でしたが

今日は 3月に入りましたので ピンク色の作風を 掲載します。

こちらは 2008年春に プリティーを目的とした

題名 プリンセス ハートブーケを 制作しました。

こちらは レストランウエディングのホワイトドレス用です。 

当時の当店は 装花一式のご注文はありませんでしたが

ブーケ等のご注文は 多かったような気がします。

この頃から 僕のウエディング専門花店に 変わっていった時期でもありました。

かれこれ22年前、務めて花屋では ウエディング部門の責任者でしたから

ホテルの打ち合わせから入り 制作や 搬入まで なんでもやりました。

仙台市内のあらゆる教会やレストランとホテル装花全般してると思います。

今は あまり見かけなくなりましたピアノや階段を華やかにする装花は

当時は とても画期的で 流行りました。

現代でも 海外ではよくSNSを通して見かけられますが

日本では 大分、見かけなくなったと 感じます。

そして契約している ホテルのロビーをとっても

七夕には 七夕をテーマに 大きなデコを 5人で制作したり

一番燃えてる時期で ただひたすらお客様に

言われたテーマを 必死で制作し 寝る暇もありませんでした。

花屋なのに 売れっ子の芸能人並に 忙しい日々でした。

まだ バブルの余波があった時期だと感じます。

その時は とにかく眠くて眠くて ワイヤリングブーケ制作が

行者の修行のように感じて 結婚式ブーケ制作なのに

指先は 血だらけになるし 夢を与える職業が

誰もが地獄と 感じるお客様は いないと思います。

実際 お客様に 夢をあたえる制作は 甘くはないのです。

当時、仙台で最高のパフォーマンスをしていた

ウエディングプロデュース会社のブライダルパリエの社長と共に

仙台市内の教会やホテル・レストランの装花を 命を削る思いで

装花をして来ました。

その方の志が 今の僕を育ててくれました。

その方は ご高齢ですから10年以上前に

引退なさると同時に 会社も辞められてます。

もし パリエ社長と同世代で今を生きていたのならと考えますと

僕を どう導いてご指導くださったのかと考えてしまいます。

もともと東京で 名を上げられていた社長様ですから

僕にとっては あしながおじさんでした。

深い意味はなく 身長が高いだけでなく 足が 長かったのです。

とても 紳士で素敵な おじ様って感じの優しい方でした^

 

明日は フレンチレストランへ納品した

レストランウエディングに使った 緑の瞳 ブーケをご紹介します。

 

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